【第95回全国高校野球選手権大会(いわゆる「夏の甲子園」)5日目】個々の試合に関するさらに詳しいことはこちらをご覧いただくとして、
<1回戦>
第1試合( 9:31〜11:02):前橋育英(群馬)1−0 岩 国 商(山口)
第2試合(11:45〜13:30):湘樟南(鹿児島)1−0 佐世保実(長崎)
<2回戦>
第3試合(14:15〜16:10):延岡学園(宮崎)4−2 自由ケ丘(福岡)
↓ ↓ ↓



そういえば、J2も1試合ありましたね【ロアッソ熊本1−1ファジアーノ岡山(うまスタ)】

ホームゲームには必ず来るの?
前振りが長くなりましたが、8月10日に「岳南電車」、翌11日には「大井川鐵道」に初乗車したのはこの雑誌に「鉄道夏の旅」として特集されてたからで。

夏休み初日となる8月10日のアイスタ(日本平)の清水エスパルス対湘南ベルマーレ戦の参戦は最初から予定していたわけですが、その目的地に行く前に東海道線を吉原で途中下車して「岳南電車」に初乗車。



土日用の1日乗車券(400円)を購入し、2つ目の吉原本町下車。
そこで途中下車したのは、富士市のB級グルメ「つけナポリタン」を食べるため。
サラダ・ドリンク付きで値段は1680円とお高めながらも味はそれに見合う美味。
TRATTORIA KIKUCHI
[イタリア料理]
岳南鉄道吉原本町駅 徒歩8分
〒417-0051 静岡県富士市吉原2-3-24(地図)
ぐるなびで TRATTORIA KIKUCHI の詳細情報を見る
※2013年8月13日現在の情報ですぐるなびで富士のお店情報もチェック!
客が自分一人だったのは…
その後、再び岳南電車で岳南江尾へ。


終点、岳南江尾駅には使われていない車両が放置。新幹線の高架が横切っていく。


そして、2013年8月11日。念願の大井川鐵道のSL列車乗車ヾ(≧∇≦)【SL急行:かわねじ11号:新金谷→千頭】




こちらは、オーソドックスな方。(左は本線運行中・右は展示のみ)

SL列車を降りた後は、近道バスで接岨峡温泉駅まで先回りして、


(上りも下りも連結)

SL列車は旧国鉄の旧型客車に乗るので冷房ないし、夏場はキツイ(^_^;)片道だけで十分…
その他、この雑誌に掲載されているところの経験値。
表紙は肥薩おれんじ鉄道球磨川橋りょう。ここは、JR九州の路線だった時代に通過したことがあります。
表紙を開けると、南海電鉄の広告。南海電車はなんば→関空間乗車のみ。
カシオペアもトワイライトエクスプレスも外から見ただけで未乗車。



サンライズは三宮→熱海間で2回乗車。最初の時は大幅に遅延したため、貨物線経由で横浜通過の品川止まりとなるからと、熱海から新横浜まで新幹線のグリーンで振替輸送。
寝転んだまま星空を眺める体験はしてませんが…
三陸鉄道はかなり前にバスツアーで田野畑に泊まった時に見ただけ。
肥薩おれんじ鉄道沿線の日奈久温泉の金波楼は10年程前に宿泊。
江ノ電は4年前に藤沢→鎌倉間を乗り通しした以降乗ってないなあ。
ダウンロードは🎥こちら
黒部峡谷鉄道も15年くらい前に宇奈月〜金釣間乗車。
そして、「ゆる鉄」撮影の薦め(by 中井精也さん)

ゆる鉄 中井精也の鉄道スナップ撮影術
(東急東横線桜木町駅舎のバックにランドマークタワー)
JR九州では「ゆふいんの森」は歴代3種類(T世:キハ71系、U世:キハ183系1000番台、V世:キハ72系)の全てに乗車。

<(最初は本題に持ってくるはずだったのが)おまけ>

「鉄道唱歌」の謎 “♪汽笛一声”に沸いた人々の情熱
鉄道唱歌(東海道線)の歌い出しは、「汽笛一声、新橋を♪」なのに
なんで、品川駅の駅メロ?
むしろ、新橋駅の方こそ「鉄道唱歌」にしないと…
もっと、当時の新橋駅は元々あった場所から変わってますけどね…
→

色々なレパートリーがあるのは知ってましたが、小田急編もあるんですね。
迫る丹沢大山の
麓でシェルター被ってる
東名高速潜り抜け
愛甲石田の駅に着く…愛甲石田
中村建治「「鉄道唱歌」の謎 [ 中村建治 ]」(交通新聞社)
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
明治33(1900)年の発表以降、1世紀以上にわたって歌い継がれている「鉄道唱歌」。その誕生の裏には“新進気鋭の出版プロデューサー”と“マルチに活躍する売れっ子作詞家”、2つの才能の奇跡的な邂逅と、時代をとらえた“ヒットの仕掛け”があった!企画の閃き・立ち上げから、オファー、意見の衝突と苦闘、発売後の販売・宣伝戦略まで、商品をいかに大衆に売るか、そして類似商品の乱発にどう対応していくか…現代にも通ずる明治の人々の奮闘ぶりとヒットの秘密を、当時の大衆歌謡史や世相を紐解きながら検証する。
【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 駅前に「汽笛一声」の歌声響く、大ヒットの兆しに喜ぶ2人
第2章 三木佐助、「鉄道唱歌」を閃く、大和田建樹に作詞を依頼
第3章 2人が別々の作曲家を推薦、やむを得ず2曲競作で併載
第4章 音楽隊での宣伝が大当たり、類似本氾濫で急ぎ続刊発行
第5章 売れ行き上々で第2版作成、表紙デザインや歌詞を修正
第6章 新鉄道網に合わせた新編や、建樹の遺志汲む訂正唱歌も
第7章 その後も続々と新鉄道唱歌、全国に残る鉄道唱歌の面影
【著者情報】(「BOOK」データベースより)
中村建治(ナカムラケンジ)
1946(昭和21)年、山梨県大月市生まれ。明治大学政治経済学部卒、鉄道史学会々員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
【2013年4月発行/2013.6.28読了】
【備忘録】
第1章 駅前に「汽笛一声」の歌声響く、大ヒットの兆しに喜ぶ2人
・作詞家・大和田健樹の文才と版元・三木佐助の商才がタイムリーに手を組んで作られた「鉄道唱歌」
第2章 三木佐助、「鉄道唱歌」を閃く、大和田建樹に作詞を依頼
・まだ高価な乗り物であった鉄道旅。(実体験ではなく)別の方法で鉄道の旅を楽しんでもらうことはできまいか(三木)
→そこから思いついた全国各地を舞台にした鉄道旅の歌本
・大和田建樹は元祖「トラベルライター」
第7章 その後も続々と新鉄道唱歌、全国に残る鉄道唱歌の面影


・京王百貨店の駅弁大会(元祖有名駅弁と全国うまいもの大会)でもBGMは「鉄道唱歌」


