2013年02月14日

阪神キャンプ情報やエル ゴラッソ1264号「J1昇格 茨の道の先に」の件などを前振りに、@yonda4 4486037448[「幻の街道」をゆく] 七尾和晃・著

本題に入る前に、福留がチームに馴染もうと自ら模範を示すとともに、大和や新井良太や小嶋などにアドバイスを送るなど一生懸命な件。それはそれで、評価するとして、管理人としてはシーズンに入ってからもかってのアニキに匹敵するくらいの活躍(新加入1年目のリーグ優勝は最低のノルマ)をせんと手のひら返ししないけど…

その阪神キャンプ関連の詳細情報はカブスの球児らMLBキャンプインの件も含めて、こちらもご覧下さい。
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BC8IbNiCQAAs4F1.jpg 昨日発売のエル ゴラッソ1264号
「J1昇格茨の道の先に」という記事で、今年J1に昇格したヴァンフォーレ甲府、湘南ベルマーレ、大分トリニータ3チームの今シーズンの展望「今年の昇格組は台風の目となれるか」
ポイント1 スタートダッシュ(開幕5試合で最低勝ち点5を取れないと100%降格)
ポイント2 監督力(監督のアイディアや工夫が躍進の鍵)
ポイント3 補強(スタイルに合う選手を効果的に補強できたか)
ポイント4 ストライカー(頼れる点取り屋の存在が必要不可欠)
ポイント5 経験値(昇格組を支えるのは経験値の高い選手)

この5つを数値化したわけですが、湘南ベルマーレはストライカーと経験値の2つの項目でポイントが低く、この3チームの中では一番下(>_<)
しかしながら、昨年の今頃湘南ベルマーレのJ1自動昇格を予想した人はいないわけだし…
2年連続予想を裏切る結果を残せばいいだけ…

ということで、さらに詳しいことはサカマガに永木キャプテンが載っている件も含めこちらもご覧いただくとして、
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今回はそれらの件とまったく関係のない本の紹介。
「幻の街道」をゆく|七尾和晃|東海教育研究所|送料無料「幻の街道」をゆく(東海教育研究所)

しいてあげれば、湘南ベルマーレのホームタウンのひとつである神奈川県中郡大磯町の「吉田別邸」が出てくるくらい?

本七尾和晃「幻の街道」をゆく東海大学出版会
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「かつてはそこが密貿易の“陰の街道”であったことにも思いをめぐらせれば、焼け跡の青空市場という、公にしてどこかすえた匂い漂う土地は、まさに「地べた」と呼ぶにふさわしい場所であったのかもしれない」往来は、なぜ歴史に埋もれたのかー幻となった街道を歩いた人々の思惑と情念を探る踏破ノンフィクション。

目次
塩硝の道(富山・五箇山―金沢) 
加賀藩の秘匿の“藩命”を受けた火薬原料製造の現場と移送ルート。宣教師の影もちらつく五箇山のもうひとつの姿とは

絹の道(八王子―横浜・本牧)
戦後日本が生んだ2人の歌姫、美空ひばりとユーミンを結ぶ裏街道。幕末から戦前にかけ、そこは絹商人“暗躍”の道だった

絹の道ー外伝 旧東伏見邦英伯爵別邸(横浜・磯子)

海苔の道(諏訪―浜松―大森、蒲田)
海苔の等級は諏訪の人々が決める! 信州・諏訪から始まる海苔の道と、その終着駅、東京の大森・蒲田の興亡

「金の間」「銀の間」の道(大磯―石川・小松)
宰相吉田茂を支えた、ヤマで財をなした4家。吉田晩年の別邸、大磯の屋敷には、日本各地の鉱山につながる絢爛豪華な2つの部屋があった

「金の間」「銀の間」の道ー外伝/元寇の道ー対馬 厳原ー樫根ー青海

元寇の道(対馬・厳原―樫根―青海) 
「モウコが来るぞ!」。対馬南西部、元寇来襲の地と、韓国からの漂流物が到着する中西部の集落。浜の藻小屋は海からの来襲に備える城壁のように見えた

ペリーの道(カリフォルニア州パロアルト―沖縄・国道58号)
スタンフォード大フーバー研究所に残る沖縄占領統治の“バイブル”。それは提督ペリーの“沖縄風土記”を礎にしていた

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
七尾和晃(ナナオカズアキ)
1974年生まれ。石川県金沢市出身。忘れられてゆく近代史の現場に赴き、「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」姿勢で踏査ノンフィクションにまとめる手法は、アカデミズムの新しいアプローチとして海外でも注目され、また国内では戦後世代の「民間学」の担い手としても評価が高い。海外と日本を往来しながら息の長い学際的なフィールドワークを続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
<2012.7.2第1刷発行/2012.12.31読了>


【備忘録】
塩硝の道ー富山・五箇山ー金沢
・今では五箇山の合掌造りの戸もサッシになっている

絹の道ー八王子ー横浜・本牧
・アメリカが日本に横浜開港を迫ったのは「絹の道」(密貿易の裏の道)がこの地にあるのを知ってのことである
・松任谷由実の実家は、東京都八王子市の「荒井呉服店
・美空ひばりの生まれた(横浜市磯子区)滝頭(たきがしら)〜海辺の町に滝○とは実に奇妙な取り合わせ

海苔の道ー諏訪ー浜松ー大森、蒲田
諏訪大社こそは、日本の海苔生産業を支えるまさに「本殿」
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・今でも日本の海苔の検査は諏訪の人間が全国に行ってやっている(機械ではできない)〜作業は早いし、賢いし
・大森、蒲田、浜名湖は海苔の産地だった(日本海側は海苔の養殖には過酷すぎる環境)
・海苔の収穫は小舟でやるが、これが風に流されやすい代物で、ヘタをすると死ぬこともあった
・日本の海苔は濃い。潮流がなくても海苔はできないが、速すぎてもダメ。一方、韓国の海苔は潮流の関係でパサパサして、スカスカゆえ塩をまぶしている。
・大森、蒲田の海苔の生産は大正から昭和初期までがピーク。その後は、東京湾運河開削工事や羽田空港拡張工事に際してその役割を終えた。(地方で生産され箱詰して出荷する)海苔問屋はあるが…
・戦後の蒲田は補償金によって栄えた街

「金の間」「銀の間」の道ー大磯ー石川・小松
・神奈川県中郡大磯町の「吉田別邸」。「金の間」「銀の間」はアイゼンハワー大統領を招き入れるために作られれたが、晩年は吉田茂自身の部屋になった
・吉田茂はなぜ死後洗礼を受けたのか?
・産業の勃興が偶然であっても、その定着には必然の理由があるように、企業の発祥もまた偶然では割り切れない十二分な意味を孕んでいる

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posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 06:02 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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