2009年11月14日

城島阪神入団会見につき、水沼四郎「江夏の21球をリードした男」を紹介

野球城島健司選手入団記者会見(阪神タイガース公式)
13日、阪神タイガースは、阪神タイガースへの入団意思を表明しておりました前シアトルマリナーズの城島健司選手と正式に契約をおこない、同日大阪市内のホテルにて入団発表をおこないました。

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見ていただくとして、その記者会見でのコメントを一部抜粋
捕手として。
今日もこれだけたくさんの人がいてくれて、いい時は素晴らしく大きく取り上げてくれるが、悪い時は批判もあると思う。そういう時には自分の責任だと正面から受け止めたい。悪いときこそ全面的にがっちり受け止めていく。ピッチャーが困った時には、自分の名前が前に出てピッチャーを助けられるといいと思う。ピッチャーが孤独にならないようにバッテリーで一緒に1人のバッターに向かっていく


前に読んだ「古田の様」
古田の様

古田の様

  • 作者: 金子 達仁
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2008/08/08
  • メディア: 単行本

をはじめ複数の野球関連本で、キャッチャーのタイプには
・ピッチャーを中心にして、自分はサポートに徹するタイプ(古田や矢野)
・自分主導型の捕手(谷繁や城島)

の2タイプに分類されているようでありますが、それはそれとして、同じキャッチャーつながりで、多分前者のタイプであろうと思われる元捕手としてカープ黄金時代を支えた選手の本を紹介します。
本水沼四郎「江夏の21球をリードした男」(ザメディアジョン)
・広島カープ、初日本一当時の名女房水沼四郎の初の書籍。球界の裏話から、初の日本一になった様子を独自の視点で記す。
・高校の時の野球との出会い、そして引退、その後の飲食店を経営するところまで、時系列で書かれています。
・オールドファンから、初優勝時のことをもっと知りたい最近のファンまで幅広い年代に向けた構成になっております。当時の選手の名前もふんだんに登場しています。
・新球場建設のタイミングで、今まで語られることの無かった話がよみがえります。
2009.10.2読了

江夏の21球」と言えば、故山際淳司のノンフィクションで一躍有名になった、1979年11月4日、大阪球場で行われたプロ野球日本シリーズ第7戦、近鉄バファローズ(以下近鉄)対広島東洋カープ(以下広島)の9回裏の場面のことでありますが、江夏の21球であると同時に、それを受けた、水沼四郎の21球でもあったわけで、この本の中で水沼氏は、脳梗塞の後遺症が残る今でも鮮明に記憶に残っていると記述してあります。


それ以外のことで気づいた所をピックアップすると
・報徳高校時代当時阪神の選手だった吉田義男宅の呼び鈴を押して、打撃指導までしてもらったこと
・高校時代にセレクションで受けた中学生に凄い球を投げる人が、それが江夏豊
・昔より高校野球のレベルは上がっているが、基礎がしっかりしてない選手が多い
・キャッチャーの捕球動作:ミットの後ろに軽く手を添えて構える
・ピッチャーという生き物は、とてもわがままで気分屋で、傲慢なのに繊細で弱い。いい気分に乗せてやることが大事
・大学時代に広島にドラフトで指名されたが、阪神ファンだったので、阪神のことしか知らなかった(しいてあげれば、あとは巨人くらい)
・同期に山本浩二
・当時は用具は自分で運んだ。当時から巨人には用具係がいたが。
・教えなれないのなら盗め
・二軍時代にゴルフが上達。本気でゴルファーになろうかなと思っていた
・球審とも雑談を交わしていた
・バッターへの囁きは、野球とは関係のないこと
・故土井正三氏には、同郷の先輩としてプライベートでも親しくしてもらっていたが、土井の打席であれこれ言うものだから、「うるさい!」と一喝された。
・ひいきをする審判には、わざと捕球ミスをして、ボールを審判に直撃させる
・目で盗むテクニックとブルペンで球を受け続けて積み重ねた経験
とで、キャッチャーのテクニックは磨かれていく
・キャッチャーの仕事はリードだけではなく、平常心に戻すことも
・投球の間が良すぎても、突然ポカンと打たれることも
・キャッチャーとは「走り出したら誰も追いつけない、じゃじゃ馬を乗りこなす騎手」
・張本さんと王さんにはどこに投げても打たれる。制球が適度に荒れている池谷あたりの方が抑えていた
・逆に長嶋さんは、コントロールのいいピッチャーなら大けがをしないが、荒れ球系はよう打っていた
・ノーサイン:ストレートを基準に構える
・客が入る方がモチベーションが上がる
・1975年は初のリーグ優勝で満足しすぎて、日本シリーズ対策はしてなかった。>当然阪急に負けた
・1979年はその反省から、日本一になるための準備を十分に
・江夏の21球のラストボールは水沼がお持ち帰り。>今はタイムカプセル内
・「育てる」とは、選手のいいところをいかに見つけてやるかである
・教えた選手の中でも、彦野、山本昌、中村武志の3人は野球がうまくなりたいとかなり意欲的だった
・ライバルは他の球団でも選手でもない。自分自身
・キャッチャーとは人助けの商売>表舞台に立ってはいけない
・「忍耐力」「予習&復習」この二つがキャッチャーにとって必要不可欠
・野球の基本
「ボールは手を添えて、体の正面で捕球」
「必ずひじを上から通して、真っすぐ投げる」
「打席に立ったら思いっきり振りぬく」
・体が硬いことは運動選手としては致命的な欠点>ケガしやすい
・脳梗塞のリハビリの過程も、野球がうまくなっていく過程と同じ
(小さい目標達成の繰り返し)

江夏の21球をリードした男。

江夏の21球をリードした男。

  • 作者: 水沼四郎
  • 出版社/メーカー: ザメディアジョン
  • 発売日: 2009/04/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



野球水沼四郎(1947年2月27日〜)
は、兵庫県出身の元プロ野球選手(捕手)。
報徳学園から中央大経済学部を経て、1968年、ドラフト2位で広島東洋カープに入団。打つ方は非力でさっぱりだったが、キャッチャーとしての能力は高く、ノーサインでも獲れるキャッチングの上手さ、冷静かつ大胆なリードなどで次第に頭角を現し、チームの要として活躍した。1975年の初優勝時も投手陣を支えた。また1979年11月4日の近鉄バファローズとの日本シリーズ第7戦、いわゆる「江夏の21球」の際の捕手も水沼であった。

1983年に中日ドラゴンズへ移籍し、同年引退。1984年に広島テレビ放送野球解説者。1985年から1986年まで中日の二軍バッテリーコーチを務め、その後、読売テレビ・広島テレビで再び解説者を務めた。現在は広島県東広島市でお好み焼き店「しろう」を経営している。

中国新聞HPから
「江夏の21球」大胆演出
 補球には絶対の自信
よみがえる熱球

きゃしゃな体形で俊足巧打。ち密な理論より勝負勘を信じる感覚派。広島の黄金期を支えたのはそんな異色の捕手であった。その個性は、弱小と呼ばれた冬の時代に磨かれ、七五年以降にようやくスポットを浴びる。初優勝、初の日本一…。歓喜の瞬間、マスクをかぶっていたのはいつも水沼四郎であった。

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posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 06:21 | ☁ | Comment(0) | TrackBack(3) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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